昭和41年03月13日 夜の御理解
素直に詫びるということは、たいへん、神様に通うことであり神様に、詫びれば許してやりたいのが親心とさえ仰るくらいですから、素直に詫びるということは、本当に有り難い。その詫びれれるというその心が尊いのです。詫びらんなんから、自分が悪いことは分かっとるけれども、詫びると自分のこけんに係ると言った様なふうにして、意地を張ってね、詫びないというのは。まあこれ詫びないに致しましてもです、非を例えば、これは自分の非であったと分かったらですね。
いやぁ私ん所はうっかりしてと言う様に詫びなくてもそう言う様な出方をすると、そらあなた人間じゃけん、間違いもあるくさいと言う事になってくるんですけれどね。あのう、御造営の、今度のあれではもう随分、まぁ私共は分からんけれども、まぁ委員長と、設計、また管理であるところの、堀尾さんとの意見がいつも対立するんですが、例えばあの、受けといがでけたんですね。あの広い所の受添えにこんな小さいあれが、でその吐かれん訳なんですね。
それが又もう、あれをしてしまってから板を張ってしまってからだったから、随分手がいるらしかったですね、あれをあの訂正するのに。どうしてこげな設計してあったじゃろうかっち。ところがですね、設計上ではあげんでよかっち言わっしゃった。いくら設計上でよかったっちゃ、実際(じょうあんてな?)どうすんなちから、秋永先生もやっぱ売り言葉に買い言葉でですね、まあそういうふうに、結局はそこんところを、まぁ大工にむごう言うちから、むごう言うちからっちそのう。
まぁ先に一銭また余分に持って行ってですね、大工に言うて、あそこだけ直さしたって言った様に、そんな事がいくらもあったんですね。ところが今度また、この頃からあんな大掛かりでお手洗い鉢がすわったんです。私がその、それぐらいに気が付かなかったところが、壁をしたところがもう壁にべったりひっついてしまうそうです、あのままでは。だから、もうそこに少しでも、それはもうそれでいいじゃないですか、あれしておるからって私今日言っておりましたところが。
それもちょうど設計者の堀尾さん、出て見えとって自分が指図してからしてるはずですたいね。ほいでもう本当に、設計士ばってんなんちゃかんちゃでやかまししよってで、その、したら堀尾さんが見えてから、言いよんなさいます、今度はもう私はもうっかりしとったもんじゃけん、私があなた向こうに視野に設計図を渡しとったと。だから設計図見りゃ分かるとじゃけれど、それは私はちょっと注意しなかったもんだから、私もうっかりしとったとこう、言いよんなさいますですたいね。
そしたら、私はもうそのままでよかならもう折角じゃけん、そのままでいいじゃないかと言うて、そのままじゃいかんからやっぱり、一応こうやらないかんけれども、言わば、直さして頂くでもですね、もうそのへんが、そういうふうに何とも言えん雰囲気の中にその、誰もその責めはしませんのですよね。そらあれだけのことをするのですから、少々ミスはありますよ、やはり、ね。でも又ミスが却っておかげな場合もあるし、ミスであったに致しましてもです、その辺が私、今日それを聞かせて頂きながらね。
わざわざもうすいませんやったっちゅって、詫びる事はいらんて。けれどもやっぱり自分が非を非とこう気付いたらですね、あのそれを私がうっかりしとったもんじゃけん、とこれを一言ね、言わせたいじゃないけども、言われたら気持ちがいいんですよね。後はそれをなら責めよというわけじゃないのだから、後は何でもない、スムーズにまた手直ししなければならんでも、手直しする気持ちで違うという、まぁ詫びれば許してやりたいのが親心と仰るが、それに増してです、ね。
平身低頭すいませんでしたと詫びれば、もうそげなだんじゃなかという、それはもうそげなんこと間違いもあるくさい、と言う事なってくるだろうと思うわけですね。詫びないに致しましてもです、非を非とそこんところをですね、人間ちゃあ妙なもんでその、もう自分に非ということが、かっとっても、それをなかなか非としない、しまいとする、そこにですね、何かその後味の悪いというか、雰囲気の悪いというか、そしてあの人ばっかりはほんに頑固な人じゃあると言うて。
そう言う様な垢離を積んだり積ませたりと言った様な結果にまでなりかねないのですよね。今日、堀尾さんの、私がうっかりしとったもんじゃけん、たったその一言でですね、何か雰囲気がよくなったという気がするんです。詫びれば許してやりたいのが親心と仰るのですから、ましてそれは神様の前の場合ですね。素直に詫びる、素直に自分の非を認めねばならん時には、もうこれは師匠とか弟子とか、先生とか信者とか、親とか子供とかそういうこっちゃない。
あぁそれはお母さんが悪かった、お母さん気がつかなかったと言うて、どこのどあるか、おやじだってそうです、いやそりゃもう俺が、そら預けとったばいねって言やあ、もう本当に有難い雰囲気の中に、一切が解決していくのに、ね、それがやはり、自分の心の中に素直な和らぎの心がなからなければ、それが言えんのです、それがそうと認めん。自分のこけんにかかわろう、自分の権威にかかわるように思うておる。それはもう大変な間違いだと思うですね。
どうぞ。